フランス語の旅人だより: "éphémère"

こんにちは。ALFI会員の深川と申します。私ごとで恐縮ながら、昨年の秋に長年勤めたAPEF/仏検事務局を退職しまして、2年間の予定でパリに滞在しています。2000年から2006年まで北仏のリールに留学して以来、20年ぶりのフランス生活です。せっかくだしフランス語にまつわることを何か書いてみたら、とお誘いをいただき「ブログ」にお邪魔することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

2024年の夏のパリといえば、なんといってもオリンピックとパラリンピック。ひとまとめに « Paris 2024 » と呼ばれた祝祭の日々を体験できたことは本当に幸運でした。猛暑や降雨による予定変更はあったものの、不安視された治安や交通に関するトラブルもなく、全体としては大成功。スポーツと会場/街/モニュメントを同時に発見できる魅力、そして「多様な人が集う」ことの魅力に私もすっかり取り憑かれ、大いに満喫しました。22時を過ぎてもまだ明るい真夏の夜空に歓声と音楽が鳴り響いたオリンピック(開会式7月26日~閉会式8月11日)、新年度に向かう秋の気配のなかで夏の残り火を起こすようなパラリンピック(開会式8月29日~閉会式9月8日)。毎日どこかで何かが起きていて、文字通りあっという間のひと月半でした。

オリンピックはフランス語?英語?

「オリンピックの公用語はフランス語と英語」。日本でフランス語を学ぶ学習者への動機づけをアピールするのによく使われるフレーズです。その背景には、近代オリンピックの開催がクーベルタン男爵の提唱によって1894年にパリで決定されたという経緯があるわけですが、実際に今回の大会でも、開会式をはじめとする式典であったり、競技会場での公式の進行案内はまずフランス語、次に英語という順番で行われていました。

いっぽう、観客が訪れる現場の使い分けはもう少し現実的な判断を伴うようでした。たとえば案内役のボランティアさんは、多くの人が押し寄せる競技会場入口周辺では、基本的に効率重視です。東洋人の私の場合、外見で判断して、まずは英語で話しかける、あるいは « English ? Français ?» と尋ね、こちらがフランス語で答えるとフランス語で返ってくる、そんなケースが多々ありました。

日本から観戦に訪れた方が口を揃えて「思ったよりフランス人が英語で話してくれた」と話していたのもごもっとも。世にいう「フランス語しか話さないフランス人」は減りつつあります。一生懸命フランス語の勉強をしてきた身としては複雑な気持ちですが、世界中から集まる人々のリンガ・フランカは英語であるという認識は、フランスにおいても広まりつつあるようです。目の前の相手も大会に向けて一生懸命英語を磨いてきたんだろうなと思うと、それはそれで共感めいたものをおぼえ……る暇もなく行列は進むのでした。瞬間的なコミュニケーションと個人としての対話はまた別の話ですね。

各地に掲出された運営情報や意識啓発のポスターでは、大会マスコットの赤いフリージュ (Phryge) のイラストとともに、英語とフランス語を掛け合わせたジョークが目を引いていました。一番よく見かけたのは、ゴミ分別(tri)を勢いよく呼びかける « One, two, tri ! » でしたが、ご紹介したいのはこちら。

« Less béton »。コンクリート(béton) を「減らそう」の意図が英語の less で表されているわけですが、オチはフランス語の表現 « laisse béton » が隠れているところです。béton は tomber の逆さ言葉ですから、つまりは « laisse tomber(放っておけ)»。英語使用者は「コンクリートを減らそう」という本来の(お行儀の良い)メッセージを理解し、フランス語使用者は音の響きから……「ほっとけ」をどう理解するのでしょうか 。放っておいたらダメじゃないかとツッコミたくもなりますが、そこは重たく考えすぎず。「お客様向け」の英語と、地元の言語であるフランス語の使い分けの距離感が伝わってくるのでは、と穿ちたくもなりますが、そこはまあ、ぬいぐるみが100万体売れたというフリージュの人気にあやかって、ひとまず笑って面白がっておくのが得策かと。

「期間限定」の新しさ

上の写真のなかで「コンクリートを減らそう」という標語の下には、2024パリ大会の取り組みとして、既存施設の活用と、一時的な施設を建てる際の木材の使用が挙げられています。たしかに競技会場の屋外にあるセキュリテイゲートや案内所、飲食やお土産店は軒並み木造。そして、競技会場に関する取り組みを集約した象徴的な建物が、柔道やレスリングの会場となったシャン・ド・マルス・アリーナでした。

エッフェル塔の南側、シャン・ド・マルス公園の南端に建てられた十字形の建物は、木材と丸みのある半透明の外壁素材があいまって、軽やかで、どこかはかなげな印象があります。そもそもこの施設は、1900年の万博会場だった右岸のグラン・パレがオリパラ会場に使用するため3年がかりの大規模改修を行うことになり、その間の代替施設として建てられたものです。2021年から今年の6月までは グラン・パレ・エフェメール (Grand Palais éphémère)としてイベントや見本市の会場となり、オリ・パラ会場を最終使用形態として、会期後の取り壊しと木材の再利用までが既定事項なのだそうです。

« éphémère » という語は、語源的には「1日しか続かない」、転じて「束の間の/短い期間のみ持続する」ことを意味し、名詞で昆虫の「カゲロウ」も表す、と辞書は教えてくれます。ところが最近はこれがもう少し即物的に「期間限定」の意味で定着しつつあるようです。

代表例が「期間限定テラス les terrasses éphémères」。コロナ禍を受けた飲食店が、対人間隔と換気を目的として屋外での増設を認められたテラス席のことです。

普段から店の外に設けるテラス席とは異なり、駐車場等の公共スペースの上に建て増す空間なので、事前に市への申請が必要で、営業期間と時間もあらかじめ行政が定めています。コロナ後も制度として定着し、今では「夏季テラス les terrasses estivales」等が正式名称になりつつあるそうです。たとえば2024年のパリ市では、4月初めから10月末の間の夜22時までを認可期間としたうえで、オリ・パラ特例で7月1日から9月8日までに限っては深夜24時までの営業を認めていました。半年間設営できるものは « éphémère » というには長く、かつコロナ禍という « éphémère » な限定期間は明けたのだ、ということでしょうか。

「うたかたの」の美しさ

印象に過ぎませんが、 « éphémère » という語は、「その日限りの」の語義の派生で 「暦、日めくり éphéméride 」という語があることからも、日本語の「かげろう」よりは数学的、論理的な響きが強いような気がします。かといって、「かげろう」や「うたかた」から感じるのと同種の、束の間の輝きやはかないものの美しさの感覚が、« éphémère » という語に含まれないわけではありません。テレビで見ていたパラリンピックの開会式で、解説の女性がコンコルド広場の仮設ステージの一日限りの舞台を指して、こう言っていたのを思い出します。 « C’est éphémère, c’est beau. »(はかない、美しい)と。

また、オーステルリッツ河岸を散歩していて、モード・デザイン・センター (Cité de la Mode et du Design) の壁ではこんなフレーズを見かけました。« La mode n’est pas éphémère, c’est aimer faire. » 直訳すれば「モードとは、束の間のものではなく、作るのを愛すること」、一過性でない「ものづくり」への決意表明です。けれども同時に、 « éphémère » は « aimer faire » への音の転換を呼ぶ言葉。その響き合いにおいてこそ、美しさ、心地よさ、格好よさがある、そう感じてしまってもいい気がしています。

フランスの建物といえばメインは石造り、古い建物を改修・改装して使い続ける、そんな昔のイメージを漠然と抱いたままでいたら、気づいてみれば « éphémère » なもの、木材を良しとする意識に出会いました。オリンピック開会式のひと月前に地下鉄14番線の延伸工事で開業した北の終点サン・ドニ・プレイエル駅は隈研吾さんの建築。東京オリンピックの国立競技場を思い出さずにはいられません。変わってゆくのがまたパリらしさ、フランスらしさなのか、20年ぶりの渡仏は発見の連続です。「期間限定」ならではの滞在を楽しみながら、フランス語にまつわる発見があればまたご報告できれば幸いです。